寿鳥骨董は裁縫浄土にも行きたき今日この頃

編み物が好き。ただし「編むという動作」が好きなのである。最終的に実用可能な形に仕上がったものの数は多くない。 放置してる間に、なんだかちっとも編みたくなくなってしまい、あれほど忌み嫌っていたはずのお裁縫がしたくてたまらないってのはどういうことか。

2016年11月7日月曜日

最大の欠点

大変だ。あれほど思い焦がれたSeamed socksであったはずなんだけど、現在絶賛放置中、なの。あとちょっとといえばちょっとなのに、続行する気力が湧かないの。

Mary Thomas先生のお教えは至極ごもっともである。そしてカカトと足の裏部分だけが傷む私の足にとっての最良の解答であることも、ひっじょうに納得しているの。

だけど。

そう、楽しくない、のだ。特にこのパターンでは、結構容赦もなく糸を切りまくる(通常私が編む靴下は、配色しようかという場合を除いてはひとふでがき状態である)のに加えて、甲側と底側を別々に編むとは、ぐるんぐるんに丸まったメリヤス編みの物体がぷらんぷらんと揺れつつ、切った糸端と共にぐるんぐるんしてましてね。取り回し悪く見た目悪く感触悪く。甲側をあと少し編んで減目してとじはぎしたら終わりのはずなんだけどどうしても気力が湧かない、しかしいっぺん火がついた編みたい欲の持って行きどころがなくて、あはは従来靴下を編み始めてしまったよ。しかも片方の三角マチも終わり、足部のぐるぐるにもう突入してるからね、結構おどろきの速さ、ではありませんこと?

使用糸は同じくラ・プリメーラフォープライであるので、甲・底一体型を編むというこの行為のナンセンス度合は非常に高い。えっとお、縮むかもしれんし?とか言いつつ大き目に編み、寝るとき履けばいいんじゃね?とか妄言を吐きつつですが。ま、どうせこの糸は実験というか手すさび用に買ってきたんだからいいんじゃね?

とか、も言いつつ、しかしこのバカさ加減がなかなかに悲しー(哀)。

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